イシュナックの丘と豊かなアイルランド
『キランの泉』の後は、イシュナックの丘という、これもまたガイドブックには載っていないケルトの聖地を訪れる予定となっていました。これまた雅貴さんがアイルランドのいろんな面白いお話を聞かせてくれながら車を走らせ、メインロードではない田舎道をぐんぐんと進んでいったのです。アイルランドはM1とかM2とか呼ばれるモーター・ウェイという日本で言う高速道路のような無料の高速道路が大きな都市を結んでいて、ほとんどの大きな都市はダブリンから車で3時間くらいでいくことができてとても便利です。しかし、このモーター・ウェイを外れるとこんなにもアイルランドは広いのだ、と驚きます。北海道と同じくらいの国土を持つアイルランドはでっかいのです。そして北海道のようにここは酪農王国。羊の数は国の人口を上回るそう。どんなに車で走っても人一人にも会わない、そんなときもあります。
さて、イシュナックの丘はキリスト教が入る前まで古代から宗教の中心地として火祭りが行われていました。一度禁止されましたが数年前から毎年5月に火の祭りを復活させているそうで、マイナーな場所には似合わないような、ちゃんとした地図や野外フェスティバルを彷彿させる現代風お祭りのアート作品や建築物もところどころに残されていました。
それにしても、広大な土地で、歩くのが精一杯。タラの丘を思わせるゆるやかな起伏に満ちた緑の丘はタラの丘が政治の中心でイシュナックの丘が宗教の中心だったと言う説を納得させます。キャット・ストーンと呼ばれる巨大な石に辿り着く頃には1時間以上歩き回っていたと思います。タラの丘は晴れている日には国土の70%が見えるそうですが、この丘の一番高いところからも、かなり遠くを360度見渡すことが出来ました。山のない緑のアイルランドがどこまでも続く光景を、力強い風に吹かれながら、私たちは静かに見つめ、何千年も昔に思いを馳せていました。
霊感がある人がここを訪れると妖精が飛び回るのが小さい光が跳ねるように見えるそうですが、それは見えなくても、私はここに妖精が住んでいることを信じることができます。自然があるところには妖精はいるそうです。日本の森に木霊がいるように、アイルランドにも妖精が住まう木や森がたくさんあります。
自然があってこそ、妖精が住み、人間に想像力やインスピレーションを与え、ストーリーを生み出させるのです。アイルランドの自然は現に、優秀な作家を多く生んでいます。この小さな国で4人もノーベル賞受賞作家がいるのです。
ところで、私たちは時間を忘れるほどこの丘におりました。パワースポットの力でしょうか、お腹がすくのさえ忘れてしまい、日没の早い冬のアイルランドですので、お昼にありついた頃にはもう暗くなり始め、ホテルに着いたのは予定よりもずっと遅い時間でした。お客様に一生に一度の体験を思う存分させてあげようと、こころ優しいドライバーガイドの雅貴さんは一度もツアー中「時間ですから行きましょうか」とか「急いでください」と言ったことがありません。アイルランドだからこうできるのか、プライベートな聖地を回る旅だからこうできるのか分かりませんが、そんな時間を忘れられる旅ができることは本当に豊かで素晴らしいことだと思います。
そういえば、イシュナックの丘を訪れるにはデイビッドさんという方に連絡を差しあげる必要があるのですが、実はこの丘はこの方の私有地だからなのです。「自分がそちらに行くと犬が付いてきちゃうので、君たちこっちに地図を取りにきてくれ」と言われてデイビッドさんのお家に地図をいただきに行きます。いくら田舎の土地が安いとはいえ、それでも豪華な邸宅に住み、裕福な暮らしをしているであろうデイビッドさん。でもやっぱりそれよりも、聖地の価値を理解し、その土地を一般に開放し、お忙しい中一人一人に会って、地図を手渡し貴重な客としてもてなすデイビッドさん。そんな彼の心は財産よりもよっぽど彼を豊かにしているのでしょう。日本からはるばる何にもない農地のような聖地に豊かさを求めてやってきた私たちの時間をもこんなに豊かにしてくださいました。ありがとう!
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