北アイルランド平和の架け橋:ピース・ブリッジ

アイルランド情報
06 /02 2014
北アイルランドに二つの名前を持つ大きな都市があります。そしてどちらを使うかを選ぶとき、ちょっと考え、戸惑う名前。デリー/ロンドンデリーです。

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Wikipediaでこの論争を呼ぶ2つの名前の都市をこう説明しています。

「ロンドンデリー Londonderry」を用いるかをめぐって、アイルランド・ナショナリスト(独立派・共和派) (Irish nationalists) とユニオニスト(統一派) (unionists) の間で地名変更 (geographical renaming|) 論争が続けられている。例外もあるが、一般的にナショナリストは「デリー」を用いることを好み、ユニオニストは「ロンドンデリー」を用いる。法律上は、都市と州の名称は「ロンドンデリー」であり、地方行政区画の名称は「デリー」である


グレート・ブリテンとの連合を求める人々がユニオニストです。北アイルランドでは論争だけでなく、90年代の後半までテロ組織や過激派による暴力的な事件が繰り返されてきました。過去の話ではないのです。私の友達も家の目の前で爆破が起きたりするのを目にしました。今は跡形もなく見えるのに、信じられません。

今でも国籍や宗教、政治は微妙なトピックです。現在北アイルランドでは多くの地域でイギリス系の人、アイルランド系の人、カトリックの人、プロテスタントの人が混ざって住み、学校、大学に通っています。(地域によって何系の人々が住んでいるか分かる場合もあるのですが)子どものうちから一緒にいれば、お友達にもなりますし、結婚することも今では可能です。そうやって少しずつ時代が変わり、一人一人の意識の中に差別意識や先入観のない、真の『平和』が築かれているのだと思います。『平和』は政府間の合意によってもたらされる場合もありますが、一瞬で結果にはつながりません。人々に根付く先入観や差別意識が少しずつなくなって初めて真の平和が訪れるのだと思います。それには時間がかかりますが、それこそが永続する平和へとつながるのだと思います。負の遺産をどう、プラスに変えて行くか。それは私たち一人が未来にどう今をつないで行くかにかかっています。

私の友達の北アイルランド人も自分はアイルランド人でもイギリス人でもなく、『北アイルランド人』と認識しています。困難な共有の歴史を背負って平和な未来へ進んで行く人々が同志として『北アイルランド人』。新しい人々であるような感覚が若い人々の中には自然に身に付いているのかもしれません。

2011年6月15日にオープンしたピースブリッジです。今までフォイル川に架かる橋はありましたが、この橋が、対立していた両側を新しい関係で結ぶシンボルになりました。
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この橋を見て、大変感動しました。美しいのです。白くて。そして、まっすぐではありません。船の形をイメージしたといわれる独特の曲線は、ここまでの道が消してまっすぐで簡単ではなかったことを表しているようです。この曲線に力強さを感じました。この日は大変風が強く、飛ばされそうでした。でも凛と強く立つ、この橋に北アイルランドの将来を見たような気がしましたし、こういうふうに、私たちが未来を作って行くべきだと思ったのです。

デリー/ロンドンデリーの街は城壁に囲まれた街で、城壁の上を歩いたり、または城壁の外の『ボグサイド』と呼ばれる紛争を描いた壁画が見られる場所などが観光ポイントとなっています。
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観光は平和の象徴だとつくづく思います。今、どんぱちしてたら、訪れることは出来ないのです。北アイルランドは和平合意の後、復興に力を入れ急速に経済成長を遂げていますが、観光業にももっと力をいれて、是非紛争を「過去」として語る、平和な観光を推進してほしいです。

デリー/ロンドンデリーはパブやレストラン、カフェも個性的な場所がたくさんあり、とても魅力的な街でした。ベルファストまで行く方は、公共のバスで行けますので是非足を伸ばしてください。ご自分の足で是非北アイルランドを見ていただき、ここに住む人々と出会い、人々の中にある『歴史』や『平和』を感じることが出来たら、本当にいい観光になるのではないでしょうか。
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